374654 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

おっちゃん物想う

おっちゃん物想う

命のスピード

あの人とのドライブでの逃避行。

信号の多い国道から高速に上がる。

合流点で、シフトダウンしてアクセルを踏み込む。

高鳴るエンジンの音。

これから二人で別世界に行くんだ。

君の鼓動はもうエンジンの高鳴りでかき消された。

だけど肩の微かな震えは増している。

あの規則ばかりで夢の見えない生活。

それから離れ、監視の目が光らない新たな夢の世界へ。

僕はアクセルを慎重に踏み込んだ。

君の震えが僕にもうつりそうでスリルを味わう。

これらかずっとこの車が二人を自由に導いてくれる。

自由がこんなに開放的でスリルが有るとは。

車の流れより少し早めで目的地へと急ぐ。

そっとあなたの手が僕の肩に触れる。

急がなくて良いのよ。

のんびり出来るのを楽しみたいわ、と。

しかしこのイタ車は、刺激的なノイズと共に、

アクセルを踏む足を離さない。

まるで僕の心が乗り移ったかのようなエンジンの響き。

あんな場所からつれ出したかった、あなたの事さえ、消えてしまいそうだ。

帰らなくて良いんだね。

首を縦に振り、うつむいてしまったあなた。

海岸線に出てきた。

広がる青さは、空の青さより深みを持って迫る。

私の心の色みたい。

あなたはそっとつぶやく。

休む事を知らず、カーブを描く海岸線を渡りきる。

もう米粒ほどに成ってしまった、灯台のさす光が微かに見える。

振り返ると、日が沈んできている。

少しづつ赤らんでくる空。

君の頬の色と同じだと僕は言った。

恥ずかしいわと言う君の頬がより赤くなるのと共に夕焼けが現れてくる。

「ねえ、もうあそこを出て何時間経ったかしら。」

既に6時間は経っていた。

休み無しに走りつづけても疲労感はなかった。

もっと遠くへ、新たな世界への希望で、充実していた。

「疲れたかい、少し休もうか?」

「ううん、もうこれでこの世界ともお別れだと思って」

「うん、新たな世界が待ってるんだ。楽しみだね」

「違うの。行ける場所は限られてるの」

もう夕焼けの朱で染まりきった世界と成って居た。

海までが赤い空を写し、別世界に来たようだ。

「もうここは別世界だね」

返事は無かった。

代わりに空の薬袋を彼女は床に落とした。

それには、6時間毎に飲む事、

と印刷されているのと別に、殴り書きが有った。

飲まなければ生きていられない新種のガンの薬、と。

彼女との別れは初めから決まっていたのだった。

本の数時間の自由。

それを得た彼女は、無くした物の大きさに、

愕然としている彼を残していった。

シフトダウンして、再び加速する。

次のカーブが迫る。

それでもアクセルから足を離さず、彼女の手を握った。

ガードレールをつき破り、イタ車は空を舞った。

夕焼けだけがやけに朱に染まっている中へと消えた。

やっと二人は別世界に届いた。













© Rakuten Group, Inc.